羊と鋼の森を彷徨う

モノ作りの国ニッポン、とよく言います。
戦後の焼け野原に旗を立てた者たちの物語。
別に昭和から始まった話ではなく、農耕民族であるDNAだったり、資源がないことだったり、様々な要因の結晶と言えるのでしょう。
戦争で多くを失って残ったもの。
そこから芽生えたものが大輪を咲かせました。

高度経済成長期、様々な分野で乱立した旗は絡まりあい紡がれたり解けたりしながら、大きくなったり小さくなったり生存競争をしてきました。
僕は高齢者を相手にするサービスを提供しているので、利用者さんから昔話を聞く機会は多いです。
モノ作り大国ニッポンを生きた団塊の世代やその前の世代の話では、伝説の本田宗一郎や松下幸之助などの話を聞けますし、時には大物政治家の話を聞けることだってあります。
昭和の熱を伝えてくれます。
僕等の世代では、当時の感覚とはどこか違っていて、モノ作りの情熱さえも向きが随分違うものです。
物が不足していた時代に開発の余地が多かった昭和初期と、物余りの昭和後期以降では考え方はまるで違います。
その分析と戦略がしっかり立てられ変化できた企業だけが生き残っています。
多くの企業は時代の変化に置き去りにされ淘汰されました。
そんな力尽き倒れた企業が送り出した当時のエースが未だに現役で最前線で奮闘する場面に出くわすことがたまにあります。
部品供給が途絶え悠久に生きるが如く美しく死んだままのモノもあります。
今となっては知る者もいなくなり人知れず葬られていくだけのモノであったりもします。

「FUKUYAMA&SONS、ALEXANDER」
今日も無名戦士に出会いました。
彼の最期を依頼されました。




決してピアノに詳しいわけではないのですが、何故か魅かれるものがあり色々と調べてみることにしました。

まず、依頼者は買い取り業者に相談したら買取不可と断られたと言うのでその道理から追ってみました。
以前にもピアノの処分を引き受けたことがあり、その当時得た知識から考えると今回のケースが買取不可になる理由がわかりませんでした。
おそらく調律はずっとされていないでしょうが、見た目の状態は美品といっていい。
ざっと見ても破損は見当たらない。
メンテナンスと調律で再度鳴るのではないか?
1円の値も付かないなんてどういうことか?

調べてみてわかったことは、手作りのマジックでした。

モノ作りは工業製品と工芸品で考え方が大きく異なります。
工業製品は、機械による大量生産で部品の交換が可能です。
対して、工芸品とは一品一品職人が手作りするため、個体差があります。

ピアノは工業製品でなくてはなりません。
温もりのある手作りが愛されたのは昭和という時代背景か。
全てが手作りだったはずはありませんが、要は量産品のデザインと設計がされていないということでしょう。

狂信的なファンがいくらでも金を出す、とでも言わない限り部品がないものには価値が無い。
それが市場なのです。
仮に狂信的なファンがいたとしても、それは場外取引です。
市場での価値は変わりません。

だから買取不可という結論は納得のいくものです。

見たことも聞いたこともないこのメーカー。
一体、いつどこでどんな風に存在していたのでしょう?

屋根を開いて銘板を探していると、「文」のシールが見つかります。
文部省教育用品審査合格シールです。



モノ作り大国として地位を築くまでには粗悪品との戦いが常だったと聞いたことがあります。
生産者の正当性や潔白性など、まあつまりお上のお墨付き、が必要だったわけですね。
戦後の混乱に乗じた如何様粗悪品は政治の力で表舞台からは一掃されたそうな。
政治屋も政治家だった熱い時代だったわけですね。

このシールが貼られているということはそれなりにくぐっているメーカーなのでしょう。

この文部省教育用品合格審査から簡単に辿れるかと思ったら公開されている情報はありません。
個人レベルで、知っている人が少しいる程度です。

さて。
モノ作り史に挑みます。
記録がないなら記憶です。
個人を頼って記憶を辿って埋もれた記録を探し出すしかありません。

少しわかったことは、まだ信憑性に欠けますが、どうやら、福山ピアノ技術研究所という会社をまだ町だった入間郡鶴ヶ島町が企業誘致したというのです。
現在の藤金、若葉駅西口駅前広場辺りに構えていたのだとか。

えっと、「用具屋ファイン」事務所の目と鼻の先ですね。


市場価値が無いことはわかったし、今後も価値が出ることはないのでしょうが、モノの価値とは人の心に宿るものです。
文化的な意味がないのか、鶴ヶ島市史に役に立たないのか、この無名戦士の存在を取り戻してあげられないか。
そんなことを考えてみたいと思います。

今回、僕の家のピアノを面倒見てくれている調律師のYさんにご教授いただきました。
僕はまったくピアノは弾けませんが。
娘には、ピアニストを目指してほしいとは思いませんが、あの美しい世界を知って欲しい。
いつか調律の場面にも立ち会わせてあげたいです。


では。
調査開始です。

情報求む。