日本の介護現場を取り巻く状況は悪くなるばかりです。
僕がしっかり解かる範囲はここ6年位のことですが、この6年を見るだけでもひどい状況であることがわかります。
介護保険制度が2000年に施行されて、介護は家族が担う物ではなくなったはずです。
少なくとも理念としてはそうだったはずです。
実際にそうはいかない現状があるのは制度に穴があるせいでしょう。
ただ、どんな制度にも完璧なものなんてありません。
憲法でさえ、法律でさえ不完全なのですから。
その足りない部分を埋めるのは改正案なのか、別の制度なのか、民間のサービスなのか、人の善意なのか、明確な答えは無いまま空気を読んだ人の行動で塞がれて支えられています。
個人や民間の零細企業の手では塞げない大きな穴を塞ぐのは福祉しかないでしょう。
福祉にエネルギーを与えるのは国の役割でしょう。
国、福祉、民間の三位で取り組むことで立体的なセーフティーネットが作れる。
そんなことを言う政治家が一人くらいいてもいいと思うけどな。
所詮みんな政治屋だな。
彼らは政治を商売だと思ってる。
斯波は地獄を生きたのだろうか。
彼が言う、救いは本当にあったのでしょうか。
喪失の介護、なんて本当にあるのでしょうか。
父と二人の生活で、社会からの孤立を慰めていたのは父の存在でしょうが、次第に自分を忘れていく父が孤独を押し付けてくる。
父から目が離せないから働きに出ることができない。
国民年金の支給だけでは生活できず、貯金が尽きた時、一日三食食べられなくなった。
突然暴れたり叫んだりする父との生活に身を心を擦り減らす。
これ以上減るものが無くなったところで最後の砦の生活保護は申請が通らない。
絶望するでしょう。
斯波が介護サービスを利用していない背景など説明が不十分ですが、これは作品だからメッセージを強調するため仕方がないこととしてスルーします。
社会問題を炙り出したい作者の意図はよくわかります。
現実に斯波はいるでしょう。
それでも、そこに手を伸ばすケアマネージャーやヘルパーは居ます。
僕は知っている。
彼らは、最低限の介護では満足なんてせず、質の高いケアを目指しています。
ただ、彼らだって何処にでもいるわけではありません。
全ての人に手が届くわけではありません。
だから制度の拡充が必要です。
僕は、斯波が言うところの安全地帯にいるのだと思います。
本質をまだ掴めていないのかもしれません。
彼の理論に、大友の様に戦うことは出来ない。
僕は揺らいでしまう。
大友も揺れながらでしたが、立場をハッキリさせることで襟を正したんだと思います。
昔、トシが投げかけた、人が人を殺してはいけない理由を宗教と法律抜きで説いてみせよ、を思い出します。
ダメなものはダメ、などという武士みたいな言い草でなく、しっかりとした言語で理解したい。
ロストケア。
良い映画でした。
難癖付けようと思えば付けられますがそれは野暮ってもんです。
現実に、斯波も羽村も梅田もいるんですから。
ただ、由紀が風俗嬢になった描写いるのかな?
胸糞悪い設定に腹が立つ。
彼女もいる。
劇中、キラリと光る、パラマウントベッドの介護ベッド「楽匠Z」、フランスベッドのオシャレ車椅子「nomoca」。
福祉用具の存在をお忘れなく。
柄本明に乾杯。
凄すぎる。
鶴は羽ばたかない