一枚の紙も一屑の鉄も誰かが作っています。
仕事に貴賤はない。
どんな仕事だって尊い。
それはどうやら詭弁のようで。
その詭弁すらどうやら昭和の話のようで。
それでも、少なからず昭和後期までは賤しいとされる仕事であっても衣食住を満たし家族円満に暮らし子供の将来に夢だって持てたはずです。
産業が進み社会が成熟し高度経済成長期が終わると、需要と供給の釣り合いが取れなくなって物が溢れ人が余るようになり、いよいよ労働者は使い捨てられ取り換えの利く部品のように扱われるようになりました。
不況が続き格差が広がり荒んだ社会では労働者の立場は酷いものになりました。
僕自身、若い頃は肉体労働に従事しており、散々な目にあったことを未だに覚えています。
わざわざ思い出しませんけど。
技術が貶され見下された仕事は誰にでもできるとされ、低賃金の途上国に奪われていきました。
物作り大国とされていた英、米、独、日の内、英米はとっくに見切りをつけて製造業はアジアに依存し構造を自ら破壊していました。
日本でも、新自由主義の台頭で製造業に従事する多くの人は中間層から落とされて悲惨な目にあいました。
製造業の現場は生き血を抜かれました。
非正規の労働では心燃えるはずがありません。
閾値が上がらず空気が淀んだ職場では心踊るはずがありません。
そんな中、僕は一度だけ、アジア某国に安く売られた仕事を技術で取り返すという経験をしました。
某国では再現不能ということで好条件で再度注文を受けるという稀有なケースでした。
そんなケースはままあるのでしょうけど、それでも、一度手放し見捨てた技術、産業を取り戻すのは並大抵の努力では足りず、今更日本が物作りで世界に台頭できるほどかつての途上国は腑抜けていません。
それでも、そうした現場の底力で再び返り咲かなければ日本の未来は真っ暗です。
新しいテレビに新しい車は環境にやさしくなくてはなりません。
世界は、掘り尽くした石油の代わりに次の資源のコバルトやニッケルなどを掘りまくるため、脱炭素とスローガンまで用意してEV化の流れを作り、処分方法が決まっていないバッテリー作りに舵取りをしています。
日本車潰しと解釈している人もいるようですが、労働者にはそんなことはわからないし関係ありません。
あらゆる技術は進化し2.0だとか3.0となり僕のように置き去りにされる人は少なくないでしょうが、必要とし期待している人は多く、先を行く技術は重要で競争は激化しています。
ITで後れを取った日本が、資源を確保できない日本が勝っていくためには技術を取り戻すのは大前提で、プラス要素として人材の育成と輩出が急務です。
あらゆる産業が人手不足で悲鳴を上げています。
製造業も運送業も建築業も介護業界も、賃金を上げても人材確保ができず外国人に頼るばかりです。
しっぺ返しそのものですが、ある意味で国難とも言える現状をどうにか越えていくしかないですし、気骨のある大和魂がまだあるならきっと日本は乗り越えるのだと思います。
ですがまた裏切られる。
次の相手は機械化です。
いつか必ず、日本だけでなく世界中で政府は機械化に舵取りをします。
DXとかFAとかIOTとか言い方も意味合いも様々ですが、要は人の仕事を機械に置き換えていくのです。
この苦しい時代を共に乗り越える・乗り越えた仲間を切る時が来ます。
世界は誰かが動かしています。
雲の上の誰かたち。
僕たちはいつだって篩にかけられている。
一票で変わるはずがありません。
その投票も大事だしするべきですが、そんな事より、自分が変わるほうがよっぽど現実的です。
自分が成長し逸材になること。
代えがきかない人間になること。
毎日やってくる朝が素晴らしいかどうか。
そんなものは自分次第です。
世の中はどうしようもないです。
社会はモンスターです。
自分が強くなるしかない。
是非もなし